父の夢見た飲食店と祖母の昔の店のこと

父の夢は飲食店を経営することでした。若い頃はごく普通のサラリーマンとして勤めていたらしいのですが、30才を前にしてどうしても夢を諦めきれず、ある日突然、仕事を辞めてしまったのだと聞いています。その当時、すでに母のお腹には私がおりましたし、収入のあてもなく、もちろん飲食店を開く計画すらありませんでした。それだけ聞けばなんという無鉄砲なことをしたものだろうと呆れてしまいます。

しかし母は、父が仕事を辞めてきてもさほど驚かなかったといいます。いつかそうなる気がしていたというのです。父の母、つまり祖母が昔、飲食店を営んでいました。戦後間もなく、食べるために何でもしなければいけなかった時代に、手に入るものを料理してお金を稼ぐようになり、それが美味しいと評判となっていたそうです。うどんやそば、冬は焼き芋、夏はかき氷などを売っていましたが、お客さんに求められるままに何でもつくるようになり、定食のようなものから、寿司やお好み焼きなどもつくっていたようです。

父はその当時のことが忘れられなかったのだと母は言います。
「おばあちゃんの料理は本当に美味しかったからね」
店はいつも満員で、お客さんは必ず「おいしかったよ」といって微笑みながら帰って行く。けして稼ぎが多かったわけではないけれど、和やかで活気のある店と、笑顔に満ちたやりとり、おいしい匂い。そんなものが父の幼い心に焼きついていて、あの空間をもう一度自分でつくってみたいと思うようになったのです。

父は無口な性質ですが、私が小学校のころに一度だけ
「どうしてもうどん屋がやりたいとか、寿司屋じゃないといけないとか、そういうこだわりはないんだ。お客さんにおいしいものを食べさせて、自分も嬉しくなる、そういう店を作りたいんだ」
飲食店への夢を私に聞かせてくれたことがありました。

飲食店という夢のために会社をやめた父はすぐに弟子入り先を見つけました。和食の店で修業を積み、15年かかってようやく自分の店を構えました。季節に合わせていろいろな料理が楽しめて、お酒も飲める、おいしい匂いと和やかな雑談でいっぱいの店です。父は夢を叶えたのです。

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